Facebookをやめて1ヶ月経って思うこと

2022年6月初旬、大学時代から13年ほど続けたFacebookをやめました。

「そろそろやめようかな」と計画していたわけではなく、シャワーを浴びながら直感的に「あ、やめよ」と思ったので、すぐに最後の挨拶をアップして、翌日にサクっと退会しました。

Facebookをやめた理由とか

  • 時間をより有効に使いたくなったから。
  • 興味のない広告やリール動画が増えたから。
  • スマホに触れる時間を減らしたいから。
  • 友達の数が増えすぎたから。
  • Facebookなしでシンプルに生きている人が、身近に意外と多いことに気付いたから。

Facebookをやめて感じるメリット

時間を有効に使える

スキマ時間にアプリを開いて、ぼーっとタイムラインを眺めて、他人の投稿に気持ちが左右される時間がなくなりました。
勝間和代さんも「することを決めるより、しないことを決めよう」と述べていますが、時間管理でもっとも大切なのは「やることを効率化すること」ではなく「不必要なことをやめること」に尽きます。

人間関係を整理できる

Facebookの友達が1600人いましたが、現実の世界では、定期的に会う友人は20人ほど。
1000人を超えると「もう一生会わないだろうな」と思う人が大半で、「一生会わない人のランチの写真に“いいね”して誰が幸せになる?」という結論に至りました。
奥行きの欠けた人付き合いによる「時間貧乏」を脱して、自分のやるべきことに集中したい。

思い切って会いたい人に会う機会になる

Facebookを見ながら「またいつか会えるといいな」と思っていた昔の友人・恩人に、退会のタイミングでアポを取って、実際に会って近況を聞けたのが良かったです。
「孝行のしたい時分に親はなし」ではないですが、会いたい人にはすぐに会うべき。

他人と比較せず幸せになれる

生活のごく一部を切り取ったキラキラ系のSNSで「隣の芝生が青く見える」のは当たり前のことで、そんなものと比べて自分の幸せを測っていたら、一生幸せになれないと思います。
自分の幸せは、自分の物差しで測ればそれでええ。

脳の報酬系を他人に握られない

もうSNSで「自己承認欲求」を満たす時代は終わったと思います。
SNSのプラットフォーマーは脳の報酬系にハックし、ドーパミンを出し続けてやめられないようにするのを設計の基本にしていますが、ドーパミンは一時的な興奮に過ぎず、どこかのタイミングでユーザーが疲れてくるのは必至。
食べ物と同じで、脳に取り入れる情報にも細心の注意を払いたい。

Facebookをやめても困らない

めちゃくちゃ当たり前ですが、Facebookをやめても、何も不自由なく生活できます。
むしろ人間の遺伝子が10万年で0.5%も変わっていないことを考えると、よりナチュラルな生活に戻って、幸福度が上がったという感覚です。

まとめ

Facebookの最後の投稿に、僕の尊敬する本多理恵社長(@loodyrie)がコメントしてくださいました。

自分に必要ないものを取捨選択して捨てる。酒田くんらしい賢明な判断だと思います。

何かを始めるのはそれほど難しくなくても、何かをやめるのは、それなりの決意と覚悟が必要だと実感する今日この頃。

スマホの前で生命を消耗させるSNSとは距離を置いて、現実世界で気高く、魅力的な人間でありたい。

First you’ve gotta know – not fear, know – that someday you’re gonna die.(いつか必ず死ぬって事を恐れず心にたたき込め)

— Tyler Durden, Fight Club (1999)